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その「償い」は幻か。
厳しい現実の中、
彼らは手探りで
「選択」を迫られる。

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  • その「償い」は幻か。 厳しい現実の中、 彼らは手探りで 「選択」を迫られる。

『幻償』2019年3月発売

齊藤木 一紗の長編デビュー作『幻償』が、2019年3月15日より発売になる。
今春から順次、即売会や通信販売、また電子書籍で購入可能となる予定だ。

本作は、10年という長い時間をかけて書かれている。ちょうど、齊藤木が本格的に小説を書こうと決意した頃だ。
徹夜や休日出勤も珍しくない業界で働きながら、本作にじっくりと向き合い、大切に紡ぎ上げた。

そこには、登場人物たちに対する敬意と慈愛と深い洞察が込められている。
是非、齊藤木と同じように、じっくりと向き合い時間をかけて読んでみてほしい。

そのための、本書のポイントを3つに絞って紹介したい。

  1. 印象に残る登場人物たち。
  2. 「怒り」と「悲しみ」を担当する2人の人物
  3. 「英雄」とは。「償い」とは。

印象に残る登場人物たち。

もし自分がこの手術をしたら、小林の言うように面白い話が次々と書けるようになり、本が飛ぶように売れるのだろうか。そうなれば、明菜と義両親に対して面目が立つ。自分の立場は安泰だ。小説は生活費と自分の立場を守るための片手間にやればいい。雨鏡が心の底から渇望し、堅牢な殻に閉じ込めてきた本当の望みは——『幻償』p.75

本作は、最初のうちは医療小説のようであり、ミステリー小説のような進行だが、読み進めていくうちに、登場人物たちの内面に焦点を当て、深く掘り下げた「人間小説」だとわかる。

主人公・雨鏡幻の視点に始まり、「怒り」を象徴する人物、「悲しみ」を象徴する人物、雨鏡の親友・小林、雨鏡を支える父親的存在の、と視点が変わるにつれ、各々の思想や信仰するもの・正義感が見えてくる。

各登場人物の行動には、
すべて理由がある。

ただし、その行動がすべて正しいと言えるかどうかは、各自明確な答えを出せていない。
はたから見れば——本作の読者からすれば——彼らの行動は正しくないと思うかもしれない。人間として最低の選択をしているように見えるだろう。

しかし、いざ当事者になると……様々な葛藤が生じてしまう。その混乱の中で誰もが納得のできる選択をできる人間がどれほど存在するだろうか。

どんな結果を招こうと、登場人物たちは「自ら考え」行動している。
それゆえに、人物像が色濃く浮かび上がり、ひとつひとつの場面と一人ひとりの人物が印象に残る。

「怒り」と「悲しみ」を
担当する2人の人物

黒の殺しは、あくまで雨鏡のためだろう。許されることではないが、黒の中では筋が通っているのかもしれない。黒は、主人格である雨鏡の怒りによって生まれた存在、いわば、怒りそのものと言っていいだろう。その怒りを、殺しという方法で発散している。それが雨鏡を救う唯一の道であると思っているのかもしれない、と椎は考える。『幻償』p.184

人の感情は「喜怒哀楽」と表現されるが、その中でもとりわけ「怒」と「哀」は人の精神に強烈に働きかける。
ある種の衝撃的な出来事に直面した時、その者を別の人物に変えてしまうほどの力がある。

本作では、「怒り」を象徴する「黒」という人物と、「悲しみ」を象徴する「白」という人物が登場する。
彼らは、それぞれが抱える感情による苦しみを、どのように解決するべきかという選択を常に迫られる。

そんな彼らを制御し導いていくべき存在であるはずの主人公・雨鏡幻は、様々な個人的な事情で、その役目と向き合うことができない。野放しにされた2人は自分自身の問題に固執するようになり、状況はさらに複雑化していき、やがて、誰の手にも負えない悲劇を引き起こしてしまう。

雨鏡幻の他に、2人を救える者はいなかったのだろうか。
もしもいたとして、2人に救いの手は差し伸べられていただろうか。
差し伸べられた手を、2人はしっかりと掴むことができたのだろうか。

それらは、すべて雨鏡次第なのだが……。

「英雄」とは。
「償い」とは。

「これだから子供は相手にしたくないんだ。綺麗事しか言えないんだから。殺人犯の人格だって君自身なのに、それを棚に上げて、さも自分こそが正義だと言わんばかりに他人を責める」『幻償』p.283

本作のキーワードである「英雄」と「償い」。

「英雄」は誰の心の中にも存在し、その者の行動規範となり、時には精神的支えとして寄り添ってくれる。「償い」に際しても、英雄は影響を与える。

本作の登場人物たちも例外ではなく、彼らの行動の理由は、そこに集約される。ただし、誰かにとっての英雄が、ほんの少しの「悪」を増大させる存在となることもある。彼らは、それに気づかない。だから「自分は正しい行いをしている」と考える。

各人物の「償い」が、どのような形で展開されていくか、その目で確かめてみてほしい。